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【戸越銀座の谷と細川の大名庭園】大崎・戸越銀座まち歩き【東京都】

2023年4月13日

戸越銀座商店街
*本ページはプロモーションが含まれています。

✔︎ 戸越銀座は谷底にあった
✔︎ 江戸のスリバチ大名庭園
✔︎ 戸越はトゴエだった

■ 概要

こんにちは!
くろひよです!
本日は戸越銀座の魅力に迫ります!

戸越銀座の商店街は、東京都品川区平塚2丁目から豊町1両目まで。
約1240メートルの長く続く、賑わいある商店街です。

この戸越の地域は、戦国期、後北条氏の江戸衆・太田新六郎(江戸城主・太田資高の次男)の所領でした(「六郷内戸越村梶原分」)。
江戸時代の寛文9(1669)年に開削された品川用水を利用して新田開発が進みます。
また、村内には竹林が多く、筍が名産でした。
築地鉄砲洲で廻船問屋を営んでいた山路治郎兵衛勝孝が、栽培を広めました。
(山路治郎兵衛辞世の句碑(現小山一丁目)は、孟宗筍栽培記念碑として品川区の史跡に指定)

この戸越銀座商店街、実は川跡に沿った谷地形の中に存在します。
大崎・戸越銀座の周辺の歴史と地形を、戸越の谷を遡りつつご紹介します。


 
戸越の地形

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① 居木神社(いるぎじんじゃ)と芳水小学校

居木神社
大崎駅の西口を進み、小高い丘(標高16m)の上には神社が。
大崎駅の西側に広がる台地の突端に、日本武尊を主祭神に祀る居木神社があります。
元々は武蔵國荏原郡居木橋村(山手通り居木橋付近)に位置していましたが、江戸時代の初期に、目黒川氾濫を避けるために現在の高台に遷座したと云います。
明治5年に社号が「居木神社」と改められ、境内末社の厳島神社は、品川区指定有形文化財に指定されています。

参考)居木神社

芳水小学校
居木神社の南側に歩みを進めると窪地があります。
窪地は学校の敷地にあたります。
この学校は、大正7(1918)年に開校した芳水小学校で、名電舎初代社長の重宗芳水氏とたけ子夫人が、都市化の進行していた大崎周辺の学校不足を見かねて寄贈した学校となります。
塀で見づらいですが地形の凹感を感じることができると思います。

参考)芳水小学校

② 貴船神社

貴船神社
小学校からさらに南へ台地の縁を進むと、品川貴船神社の北西側の参道に辿り着きます。
貴船神社は、和銅2(709)年に藤原伊勢人の御勧請により創建され、高龗大神(たかおかみのおおかみ)、素盞嗚尊(すさのおのみこと)を祀ります。
境内から見える東側の低地にある高層ビル群が印象的。
貴船神社の布袋蔵
南北に長い表参道を南に向かうと、境内を出るとそこには巨大な布袋像。

参考)貴船神社

神社から西へと台地の縁を進みます。
戸越銀座谷
西に進みながら南側に目を向けると、ちょうど谷の部分が戸越銀座。
戸越銀座の谷地形が、東西に伸びています。
大崎中学校】
大崎中学校あたりで南方向の戸越銀座の谷へと降りていきます。
戸越銀座谷
戸越銀座に出て谷であることを確認したら、そのまま南の台地へ登っていきます。


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③ 戸越公園(肥後熊本藩細川家下屋敷)と品川用水

戸越公園
戸越銀座の谷を縦断して台地を南へ進むと、戸越公園に突き当たります。
この公園は、かつての肥後熊本藩細川家下屋敷の一部でした(寛文2(1662)年拝領)。
細川家は、拝領地を寛文11(1671)年に拡張し、約110ヘクタールの屋敷を完成させました。
薬医門
薬医門(正門)や冠木門(東門)など大名屋敷の遺構を残しています。
池泉回遊式庭園
庭園地形
庭園地形
スリバチ地形に谷戸の湧水や品川用水を活かし、池泉回遊式庭園を設けるなど近世大名庭園の典型的スタイルを築きました。
現在の池は、従来の半分ほどの大きさになっていて、かつては北西方向に池は伸びていました。
なお、江戸時代の大名屋敷の多くは、明治初期に公園や大使館など公共用地に転用されています。
(旧盛岡藩南部家下屋敷の有栖川宮記念公園、旧紀州藩徳川家上屋敷の清水谷公園、旧伊予松山藩のイタリア大使館など。)

参考)戸越公園

④ 文庫の森

第二文庫
戸越公園の北西側に、文庫の森があります。
国文学研究資料館跡地を整備し2013年に開園しました。
明治23(1890)年に財閥・三井家がこの地を所有しています。
大正7(1918)年に三井家編集室が日本橋から移転し三井文庫が発足。
事務棟と書庫2棟が建てられ、第二文庫が、現存する日本最古の壁式鉄筋コンクリート造建物として残されています。
戦後の財閥解体により、昭和26年に売却され、国文学資料館として使用されてきました。
文庫の森の池
文庫の森にも池があります。
戸越公園の池とも近く、その間にある戸越小学校あたりも、かつての細川家屋敷内にあった池が及んでいました。
このことから、両者の池の一部がかつては、つながっていたのかもしれません。

参考)文庫の森

⑤ 戸越八幡神社

戸越八幡神社
文庫の森を北に抜け、再び戸越銀座の谷の方向へ向かいます。
そこで突き当たるのが、台地の縁に鎮座する戸越八幡神社。
大永6(1526)年の創建とされ、「風土記稿」によると藪清水から出現した木像を御神体とし、行永法師が、石清水男山八幡宮の御分霊を勧請して祀ったのが始まりとされます。
御祭神として、誉田別命(ほんだわけのみこと)【=応神天皇】を祀っています。
境内には、安政2(1855)年に落成した総欅造りの社殿が残っています。
戸越の由来
戸越の名前の由来となる石碑が境内にあります。
「江戸越えて 清水の上の成就庵 ねがいの糸の とけぬ日はなし」という古歌から、「江戸を越える村」としてトゴエと呼ばれるようになったと云います。

戸越八幡神社
戸越八幡神社
特段、観光客が多い場所ではないのですが、細長く伸びる参道には活気があります。

戸越八幡神社北側
社殿の奥、北側が台地の突端になっています。
ここから再び戸越銀座商店街の谷へ降りていきます。

参考)戸越八幡神社

⑥ 戸越銀座商店街の谷

戸越銀座商店街

戸越銀座商店街は、西から東へと流れ落ちていく直線の谷で形成されています。
この谷間は、かつて薮清水(やぶしみず)と呼ばれる湿地帯となっており水田が営まれ、一方で小高い南北の台地は、畑地として利用されてきました。
しかし、近代に入っても谷間にあることから、冠水することが多く、道路事情が悪い状況でした。

銀座煉瓦
大正12(1923)年の関東大震災により被災した中央区銀座では、舗装替え工事が行われました。
これに伴い大量の煉瓦敷きが発生し、これを譲り受けた戸越では、道路排水工事に銀座の煉瓦を活用しました。
このことから、商店街設立にあたって「戸越銀座商店街」と名付けられ、全国で先んじて「銀座」を名乗ることになりました。
戸越銀座商店街
戸越銀座商店街のご当地キャラクター、戸越銀二郎(通称:ぎんちゃん)。

参考)戸越銀座商店街

⑦ 暗渠路

暗渠跡
戸越銀座商店街の谷を西へ西へと登っていきます。
戸越銀座駅にたどり着いたら、駅の北西側の路地を目指します。
そこには、戸越銀座の東西の谷へ注ぐ支流、薮清水支流の痕跡があります。
この支流の水源は、さらに西側の旧中原街道あたりと考えられ、品川用水の分水を引き込む水路として活用されてきました。

⑧ 旧中原街道と供養塔群

旧中原街道
戸越銀座の谷頭(谷間の始まり部分)は、旧中原街道沿いの供養塔群あたりと推定されます。
旧中原街道は、かつては東海道の裏街道とも呼ばれた街道です。
供養塔
この辺りは江戸期の街道の面影として、庚申塔、地蔵、供養塔、石造墓碑などの当時の民間信仰の名残を残しています。

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■ 歩き終えて

商店街といえば、人気の無いシャッター通りを想像してしまう昨今。
それとは無縁の賑わいを維持し続ける戸越銀座商店街。
外から遊びに来たお客さんだけでなく、地元住民の日常使いで賑わっている印象があります。
そしてこの長く続く商店街の秘密が、川の谷底にあるというのは面白い発見です。
戸越の地名由来「江戸越えて」には、谷地形を越えての意味合いが含まれているように思います。
また戸越が谷底にあったからこそ、銀座の煉瓦に結びつき「戸越銀座」が誕生したことも、全ては地形が生み出した物語です。

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■ 行き方

JR大崎駅の西口からスタート

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くろひよ

\旅のトリコ、FIRE目指す/ 旅のトリコくろひよが、旅の魅力とFIREの過程を紹介するよ ★街を徘徊して見つけた都市の魅力が好物 ★歴史・地理・地形・建築・文化・アート・痕跡・再開発など ★同じくらいお金が好物(アッパーマス層に)

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